蛙のゴム靴

不安 


湿った重い雪になった。積雪は20センチほど。今年は大雪になるかもしれない。

腰痛が治まりつつあるのと、ガンかもしれないという不安で、近くのコンビニにしか行かなかった。

昼過ぎに久しぶりに風呂にゆっくり入った。頭が匂って不快だったので、それだけでもスッキリした。
その後、3時くらいから6時前まで寝てしまう。毎日、7時間は寝ているつもりだが、体は疲れているのだろう。これで、夜に寝付けなくなってしまうのだが。

ネットでいろいろみていると、肺ガンというカテゴリーがあることを知った。

初期症状で肺ガンとわかったときは、かなり進行しているらしい。転移が速く、余命も数ヶ月から1年と短い。

自分がガンになったとは信じられず、いろんなブログやサイトをみているうちに、闘病をされている方のブログに行き当たった。・・・本人にしかわからない苦しみ、辛さ、恐怖が伝わる。抗がん剤や放射線治療の副作用や後遺症の怖さを知る。

僕もそうなるのだろうか。

死ぬこと生きること 


この先1週間、不安が増すだけかもしれない。
この頃よく考えることだが、これから20年間生きて、認知症や寝たきりになっても介護してくれる家族もいない。この先行き、老人だらけになり、金のない者は貧しさから、苦しく辛い思いをして生きていくことになるだろうと思う。それを思うと、ガンで死ぬのも運命と思い受け入れるしかないようにも感じる。親より先に逝くのは何より親不孝だが。

再発率、転移が高い肺ガンの場合、手術して片肺を全摘出しても余命は数年あるかないかという。5年後の生存率が2~3割ということを考えると、余命1年だとしても、その間自由でいたいと思う。

これまでの人生、一番思い出されるのは、やはり近年のこと。

愛おしい人がいた。愛していたというより、そばにいてくれるだけで愛おしく思える人だった。
人の目から逃れて、二人で近場によく出かけた。写真を撮り、いろんな身近な話をした。ほとんどのことを受け入れてくれる人だったから、気を使わずにいられた。それがその人と暮らすことを望んだ理由になる。

その頃は、あとどれくらい生きられるかを考えたことがある。
この人と残り何年の間、一緒に生活できるのだろうかと思った。残された時間は、これまで生きた時間の数分の一でしかない。せめて、その時間だけでも人並に幸せを感じて暮らしたいと思っていた。だが、いくら待っても無駄だと知った。

それから、以前より死ぬことを恐れなくなったように思う。望みが消えたことで、生へのこだわりが薄れたように思うのである。ゆえに、今なら、余命いくばくかの病で死ぬなら、それも仕方のないことだろうと思うのだ。

京都や北海道、島根、九州・・・全国に行って、写真を撮りたいと思うのが夢。見たことのない風景、城、神社、寺、美術館。土地の美味しいものや珍しいものを食べて、旅したい。しかし、ひとりになってみると、行く場所は限られる。ひとりで観光地などに行くと、気後れして、ゆっくり楽しむ余裕がなくなることがわかった。ふたりだから行ける場所があるし、楽しめる余裕も生まれる。分かち合える人がいなければというのは、ひとりになるまで、気づかなかった。

もし、あの人と残りの生涯を暮らせたとしても、すぐに余命わずかとわかれば、あの人を不幸にしただけだろう。

それがせめてもの救いかと思う。

生きる望み 

真冬の寒波で大雪になった。この雪はこのまましばらく残るかもしれない。

昨日病院でガンという病気を目の当たりにして、余命とそれまでの時間をどう過ごすかを思った。だが、まだ完全にガンと決まったわけではないので、切実に思い詰めるところまではいかない。

ガンの初期症状を検索したが、当然ながら該当するものとしないものがある。今回の症状は、それこそ10年以上前から時時あったものだから、今回に限ってガンになったというのは楽観的に考えれば、どうも納得いかないのだ。

まず医者が変人というか、脅しをかけるような医者で、金儲けだけに走る医師のように思える。物の言い方にも信用できないところがあり、いいカモとばかり、実験台と金儲けに利用されるだけのような気がしてならない。

自分の体は自分が一番理解できる。
腰の痛みは湿布と薬が効いているのか、確実に和らいでいるのが実感できる。昨日は両手で顔を洗えないほど曲げるのが困難だったが、今日の午後になって両手を蛇口にもっていけるようになった。

タバコは今日で切れたのを機にやめようと思っている。
薬の効きめで、咳は殆どでなくなっている。もともと、咳はタンのいがらみで出ていたもの。いまだタンはわずかだが出る。胸の痛みはないし、他に異常を感じるところもない。タバコをやめてしばらくすればタンも止まるだろう。

親に心配をかけてばかりだ。親よりは長く生きたいと思う。


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LX3

ガン 


あまりに腰痛がひどく仕事を休み、病院に行く。受診は昨年の7月以来となる。

腰痛は車に乗り降りするのもひどく、体が動かせない。少し動いただけで痛みが走る。足のしびれなどはないので、車の運転は出来る。健常のありがたみを思う。

レントゲンを撮るが骨に異常はない。いわゆる"ぎっくり腰"とされ、コルセットを着ける。筋肉の痛みが強いので、腰に限界がきたのだろう。

次いで、痰と咳が止まらないので、内科も受診。

この医師がとんでもない、というかおかしな医師に感じた。

問診のあと、採血、のどの粘膜、採尿、レントゲン、CT検査をしたが、結果をみて、「ガン」と決めてかかっているのには閉口した。血液のCEA(腫瘍)の数値が高いというだけで、ガンの可能性が高く、転移も考えられるといい、肺の片方を取るなど、その後の処置にまで勝手にしゃべりまくるのだった。あとで調べると、肺ガンにもいろいろあって、転移しやすいらしいが、僕にとって、咳痰は20年以上のつきあいである。最近、ひどくなってきたが、ただの気管支炎と思っていたのだ。

前回のレントゲンと比べて見せられたが違いがわからなかった。9ヶ月前にガンの初期腫瘍があったなら、今頃はもっと大きくなっているはずではないか。そもそも、前回にはCTは撮っていないので、前からあったものかすら分からないはずである。ガンを否定したい気持ちと、僕はまだ、ガンになるはずはないという思いが、医師の見解を否定するのだった。

ガン(の可能性が高い)といきなり言われたら、気持ちのいいものではない。
痰の細胞や追加血液検査が陰性となれば、いよいよガンということになるのだろうが、その結果は15日に聞くことになった。

もしものガン告知のため、家族を同行してほしいというのには困った。家族を不安にさせてしまった。同時に、かの医師は、ガンにさせたがっているのではないかとすら思えてしまった。

もし、ガンと告知されても、この医師では信用が薄く、誤診にしか思えない。信頼できない医師は御免である。
この医師は執刀しないにしても、この病院で手術は受けたくない。

別の病院で検査したいと思う。

*****

生きるとは何かを考えた日だった。

毎日をより大切に生きなさい、という声が聞こえたような気がした。



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腰痛 

朝はなんともなかったが昼過ぎから次第にひどくなっていった。
腰を曲げられないほど痛い。椅子から立ち上がるにも苦痛。なんとか定刻までこらえたが、家に着いたときには、車から降りることすら困難になっていた。おまけにひどい下痢。

原因を考えたが、2日前のタイヤ交換しか思い浮かばない。
これほどの腰痛になったことはないだけに、他の変調も頭をよぎった。

このところ、ずっと痰がとまらない。ひどく咳き込むので肺炎を発症している。ときどき、痰に血が混じっている。
タバコの本数は減っているが、もう止め時と思う。

もう少し、体が丈夫で人生をを楽しみたいのだ。

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